2007年09月27日

夏目漱石 悩む力 全4回

414189172X私のこだわり人物伝 2007年6-7月 (2007) (NHK知るを楽しむ/火)
重松 清 日本放送協会 日本放送出版協会
日本放送出版協会 2007-05

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 私のこだわり人物伝の「夏目漱石 悩む力」を観る。講師は政治学者の姜尚中。『三四郎』、『それから』、『こころ』の漱石作品を通じて漱石の「悩む力」を考究する。
 この三作品はともに特定の女性が主人公の心に絡んでくる。自分はこの三つを読んでいて、順番は『こころ』、『それから』、『三四郎』の順。『こころ』ではKの自殺と遺書の文面に揺さぶられた。『それから』は、今にしてみれば先駆的なニート小説。「遊民」なんて言葉が当てられていたけど、親の脛をかじって金をせびって哲学的な思索に長大な時間を費やすところは現在進行形的な問題。でも、読んだときはそこまで深く読み取った覚えはない。絶縁と絶交の代償にして友人の妻と結ばれてこれから面白くなる、というところで終わっていたことは覚えている。
 『それから』の主人公は完全無職のニートだけどゴンチャロフ『オブローモフ』の主人公は役人生活に愛想を尽かして無職の身。ニートとか無職とか言っても経歴はいろいろ。姜尚中は「悩む力」の大切さを例の真面目顔で説いているんだけど、ご自身の肩書は東大教授であり、アカデミズムの最高峰に君臨している方。人生に悩んで無職の人もいればかやた大学教授もいるのだから、下手に悩んだ方が負けかもしれない。でも生きる上で悩みは付き物で、私もよく悩む方。優柔不断というかぼーっとしているというか、傍目はダメ人間の象徴のようだが(笑)。
 すべての煩わしい事から逃避したいと思うときがあるけど、趣味の時間を確保できてこうしてブログを更新できる間はまだ頑張れる。人間関係につらいことがあっても生きていける。大丈夫、まだ自殺しない。

関連リンク
 夏目漱石 悩む力

2007年09月26日

音楽

4101050171音楽 (新潮文庫 (み-3-17))
三島 由紀夫
新潮社 1970-02

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「先生、どうしてなんでしょう。私、音楽がきこえないんです」

 精神科医のところに往診にきた女性が自分の症状と少女時代に体験したことを話し、最終的には心の喪失感を突き止める話。三島由紀夫の美学の館には同性愛と近親相姦の二つがあって、どっちか選べと聞かれたらたぶん後者を選ぶ。『仮面の告白』と比べても『音楽』は読みやすい。それだけ通俗性が支配していると言えるかもしれない。『音楽』は過剰な文体装飾をはぎとった三島由紀夫の小説としても、また精神科医の語る事件簿としても読める。近親相姦というほど濃密で忌避したくなるような性描写があるわけではないので、語感の振動から偏見を持っては困る。実際の精神科医がこんな問診をするのか疑問。まずは薬物療法をするのが常識じゃないのかな。フロイトとかユングの理論を振り回すのは社会科学や人文科学の世界に限られる気がする。精神病や近親相姦のテーマを抜きにすれば三島由紀夫入門の第一書かもしれない。悪魔的に惑乱する女性の魅力はどこかフランス文学っぽい。

2007年09月25日

事実はアニメよりも奇なり

B000J770RA江戸板狂言本〈1〉 (1983年)
佐藤 恵里 鳥越 文蔵
古典文庫 1983-04

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 購入録記入忘れ。佐藤恵里・鳥越文蔵(編)『江戸板狂言本』(全4冊)。奥付きに非売品と書いてあるのにアマゾンに商品登録されているんですけど…。ここでいう狂言本とは歌舞伎狂言のこと。こういう台本も読んでみないとね。
 それと竜騎士07『ひぐらしのなく頃に 第1話 鬼隠し編(上)』。原作をプレイしてアニメも観ているのでノベライズ版も購入。警察官の父親を斧で殺害した事件の影響で、「皆殺し編」がこれから面白くなるというところでアニメの放送が見合わせに。「スクールデイズ」なんか最終話が突如放送中止になる事態。どっちも痛恨。酷な話である。

さよなら絶望先生 全12話

B000T6FGA4さよなら絶望先生 特装版1
新房昭之
キングレコード 2007-09-26

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 新房昭之×シャフトの組み合わせでパロネタアニメにならないわけがない。新房氏の別名義と噂される南澤十八の監督作品まで含めてマニアックに鑑賞の時間を費やしてきたわけだけど、「絶望先生」に関してはアニメや時事ネタを省くとドラマや映画からの小ネタ引用が目立っていた。
 いまさっき観た第12話のアバンタイトルでは、爆薬の束を顔にまいて爆発炎上するシーンは「気狂いピエロ」、一作目のオープニングにあったダンスは「ウエストサイド物語」、話数は忘れたけどヒッチコックのスリラー映画からの引き抜きもあった。民放の洋画劇場のオープニング映像や配給会社のプロモーションとかも複数拾い上げていた。なんか懐かしいぞ。ドラマでは「古畑任三郎」が使われて、糸色望役の声優がアカペラで音楽を添えていた。同時期放送の他のアニメのパロディも反応が早かったなあ。「萌えドリルで天を突け!」とかたくさん詰め込まれてた。
 黒板ネタとは字が小さくて読みにくかったけど、新房×シャフト演出を自虐するお便りコーナーとか、これまた第12話アバンタイトルにあった銭湯の「富士山」は「ひだまりスケッチ」の失敗を自らパロディ化していたしなあ。小ネタの多さでは京アニの「らき☆すた」もこれには及ぶまい。
 新房×シャフト作品は、事前から作風が予想できるけど大きなハズレがないという折り紙付きがある。原作からして危険な時事ネタやパロネタを含んでいるわけだから、こういう作品のアニメ化には一番適したコンビかもしれない。「ハヤテのごとく!」もこれに近い例かも。でも、一時停止を繰り返してパロネタを追う苦労を考えると、「絶望先生」路線の作品はちょっと気力が必要かもしれない。他方で、新房×シャフトにはほんわかムードでくつろぐ「ひだまりスケッチ」の作風路線があることを忘れてはいけないと思う。

2007年09月24日

韓国現代文学13人集ほか

4106408260大江健三郎小説〈6〉
大江 健三郎
新潮社 1996-11

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 古書店やブックオフをはしごしてぐるぐる買い物。文庫ではバーネット『秘密の花園』。アダルトなタイトルすぎるから美少女文庫から刊行されるべきもの。もちろん内容は全く違うだろうけど…。ライトノベルでは『神曲奏界ポリフォニカ ぱれっと』と『神曲奏界ポリフォニカ アニバーサリー・ホワイト』。ポリ赤は3巻、ポリ黒は1巻まで読了、白と青は未読だが何巻か買ってある。アニメ開始前に読んだはいいが完全にストップしている。熱しやすく冷めやすい。支倉凍砂『狼と香辛料 W』。Vを飛ばしてた…。あとで揃えなきゃ。新書はエミリオ・ルッス『戦場の一年』。白水uブックスなので梗概を読んで即買い。レイモンド・カーヴァー『頼むから静かにしてくれ U』。Tは買ってある。カーヴァー読む前にチェーホフの全集を読み始めてそれっきり。ジョン・アップダイク『走れウサギ』。上下巻で合計210円。単行本では田代慶一郎『謡曲を読む』。真面目に謡曲のお勉強。ジョヴァンニ・ヴェルガ『マラヴォリヤ家の人びと』。原作者は『カヴァレリア・ルスティカーナ』の人。ガルシア=マルケス『百年の孤独』。全面改訳の新装版。文庫化を恐れて買い渋っていたけど売価が500円だったので迷わず買う。もう文庫にしていいよ…。三枝成彰『譜面書きの遠吠え』。出版年は『負け犬』よりもこっちが先。偶然見つけた。こういう偶然があるから古本屋巡りはやめられない。大江健三郎『治療塔惑星』。『治療塔』の続編だがこっちは買ってない。文庫になってない大江作品。値の張る小説集なら入手可能。古山高麗雄(編)『韓国現代文学13人集』。これが本当の韓流ブーム(違)。新潮社刊なので文庫になってるかなとちょっと心配したが、単行本を出したきりで品切れ・絶版になったようだ。短篇小説のアンソロジーなので鉱脈を掘り当てるかもしれない。そう考えると今から読むのが楽しみ。「13人集」の響きがいい。岩波文庫の『朝鮮短篇小説選』もあるのでこっちも手を出さないと。それはそうと本の置き場所にいよいよ困ってきた。本棚買うか…。

2007年09月23日

狭衣物語 全2冊

4096580295新編日本古典文学全集 (29) 狭衣物語 (1)
小町谷 照彦 後藤 祥子
小学館 1999-10

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 従妹である源氏の宮に生涯片思いであり続ける狭衣中将の悲恋物語。神がかった命運によって帝位をいとめても源氏の宮との婚姻は果たせず、二人は離れ離れになってしまう。返歌しなかったり代筆で済ませてしまう源氏の宮のつれなさにも哀感が波打つのだけど、狭衣中将が清く正しく操を貫くというわけではない。飛鳥井の女君、一品の宮、女二の宮、宰相の姫君と婚儀を取り交わして、子供までこしらえてしまう。この女癖の悪さは当時の男性貴族としては特段珍しいものではないし、『源氏物語』の光源氏を横に並べてみればいいのである。しかし、他の女に恋心が移ろいつつも源氏の宮への一途な恋慕は忘れる事はないのである。では源氏の宮を手中に収めるために手練手管を長ずるかというとそういう行動は起こさないでいるからまた不思議。物語の道中、横恋慕の真っ盛りで源氏の宮のことなんか絶対忘れているだろうと思えば、ふとした拍子に回想したりする。狭衣中将は恋愛方面において不思議な体臭をまとっている。頽廃的な世相がもう少し盛り込まれていれば大人版の『紅楼夢』として味わえそうに思える。研究者の現代語訳で読むよりも現代作家の流麗な翻案で読み返したい王朝文学の一つ。『源氏物語』ばかり繰り返し翻訳してどうするのだ。『うつほ物語』同様、『狭衣』も誰か翻案してほしい。『うつほ』は諏訪緑の翻案マンガがあるのに『狭衣』はそれすらない…。こうして並べてみると『源氏物語』の厚遇っぷりが妙に浮き立つなあ。

2007年09月22日

ラ・フォル・ジュルネ音楽祭2007(3)

B00005Q7QKチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
リヒテル(スヴャトスラフ) ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団 ヴィスロツキ(スタニスラフ)
ユニバーサルクラシック 2001-10-24

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 下のエントリーに書いた三島由紀夫『文学的人生論』を読みながらクラシック倶楽部のラ・フォル・ジュルネ音楽祭2007の第三回を鑑賞。曲目はチャイコフスキーの組曲「くるみ割り人形」とピアノ協奏曲第1番。二つともメジャーな作品なのであえてコメントすることもないだろうけど、なんかチャイコフスキーの音楽を聴きたくなるお彼岸なのです。おはぎも食べた事だし。「くるみ」の指揮は飯守泰次郎。残念ながら抜粋だったので次は全曲版を聴きたい。ピアノ協奏曲のピアノはボリス・ベレゾフスキー。だけどアマゾンの商品画像にはリヒテルを貼っちゃうもんね。「くるみ」のトレパークでファミコンの「パロディウス」を思い出す人どれくらいいるんだろう。クラシック音楽って昔から何らかの形をとって聴覚に入ってきたから原初イメージも複数の回想イメージが混在してしまう。BGMに使用されすぎて何が原点だったか分からなくなってしまう。そんでCDとかでオリジナルを全曲通しで聴くと、ごく一部分しか使われていなくて驚いたりもする。チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は案外その典型かも。あー、次もチャイコフスキーを聴くとしよう。

文学的人生論

433478321X文学的人生論 (知恵の森文庫)
三島 由紀夫
光文社 2004-11

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 二十代のときに発表した三島由紀夫の文学エッセイ集。作家論、作品論のほか研ぎ澄まされた演劇観や文学観がほとばしっている。三島由紀夫のエッセイ向けの文体が最も親しみやすい。紀行文とか劇評も入っているけど、二十代の若書きなのに背伸びをしていない。裏返して言い返るとすでに文学者として成熟の極みに達しているとも言える。この時点では右翼的な政治思想がまだ芽生えていないようだ。『近代能楽集』も二十代のときに発表しているし、幼少の頃から祖母の影響で歌舞伎や能楽に触れたという。戯曲への関心は他の作家連とは違って出発点が早い方かもしれない。私の場合、演劇に関心を持つようになったのは高校生のとき。NHK教育の演劇番組やBS2の「20世紀のカーテンコール」とかたまに観てた。他の人は演劇への回路をどこで見出したのかな。今の若手作家で戯曲も書く人はどれほどいるのだろうか。筒井康隆のように戯曲も書いて役者もやる人はまずいないだろうけど、そういう器用な小説家がいたら教えてほしい。アニメの脚本を書くライトノベル作家ならいるが、戯曲を発表するライトノベル作家はいたかしら。

2007年09月21日

読み止し多数

4003260635オブローモフ〈中〉 (岩波文庫)
ゴンチャロフ 米川 正夫
岩波書店 1976-06

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 更新の素材もないので述べておくと、読みかけの小説が結構ある。『灼眼のシャナ』は第5巻の真ん中まで、『ネクラ少女は黒魔法で恋をする』は最終巻を残すのみ、『オブローモフ』は買ったその日に上巻読破して現在中巻の半分あたりまで。他にもまだあったのだが、記憶に頼って書いているのですぐには思い出せない。あ、谷川流の『学校を出よう!』は2巻まで読了。ハルヒの新刊は積読。しおりを挟んであるのでどこまで読んだすぐ分かる。付箋も貼ってあるので復習もしやすい。ライトノベル系のブログにつられて『扉の外』とか『ミミズクと夜の王』も買ってしまうミーハーぶり。『おと×まほ』はジャケ買いした。イラストレーターは『わたしたちの田村くん』『とらドラ!』と同じ人。視聴中の演劇や映画も多数。時間と気力と体力の許す限りこれからもどんどん更新を続ける。だって現実の世界があまりにも理不尽で、生きるのが正直つらいから…。

2007年09月20日

らき☆すた 全24話

B000O78BKAらき☆すた 1 通常版
山本寛
角川エンタテインメント 2007-06-22

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「売れ残りやないんや、売れ残りやないんや。うちが買うたんやから」(by 黒井ななこ先生)

 京アニがパロネタアニメを制作すると、ときには本家を超える名シーンになるなあ。ちょめちょめDのときに法定速度40キロメートルを遵守してあの側溝ドリフトはありえないだろう。アニメ店長初登場の伝説少女Aシフトの作画も揺らめく髪の先っぽまで描き込んでいた。パロネタに関して自社制作のハルヒネタが多すぎてむしろ目障りに思うときがあった。確かにハルヒの成功はアニメやライトノベル業界に豊富な潤沢をもたらしたし、アニメ版の完成度も他の追髄を許さないくらい素晴らしいものだった。しかし自社ネタに頼りすぎて過信が薄ら見えるようでもあったし、「らき☆すた観るならハルヒ観ていて当然」という前提が障壁になっていたかもしれない。
 ハルヒレギュラー出演の声優たちも何らかの形でゲスト出演していて、ハルヒの平野綾が主役だったので京アニの看板声優みたいなポジションを獲得しつつあるようだが、キョンや長門や古泉役の声優も本人の姿で準レギュラーになりつつあった。驚いたのはゴットゥーザ様の朝比奈みくる。これは行き過ぎだ(笑)。作中にはハルヒや長門らしき人物(つーか本人)が登場していた。クレヨンしんちゃんの物真似うますぎるよ。キョンのアムロ声もかなり似てる。しっかしハルヒネタがホントに多かったなあ。
 こなたのオタク話もだいたい分かるので楽しめた。ただネトゲー用語の連発は意味不明だった。そんなものに縁がないので分けわかめである。田村ひよりの百合妄想も面白かったなあ。ツインテールキャラかがみの、ツンデレな性格も定型のお約束事なのだけど、やっぱり顔が綻んでしまう。何度も言ってるけど私はジーク・ツインテールなのである。最終回のチアダンスもOPの完全版として披露されてなかなか感動的だった。アニメ版「らき☆すた」はパロネタをふんだんに使った京アニの真髄を知る作品。